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もうすぐ6年生・・・。

もうすぐ6年生です。
早いものです・・・。

さて、3年生のときの話からスタートです。

3年生になるとき、「発達障害者支援法」の影響か、
一応えちともの学校にも特別支援コーディネーターといわれる先生が配置されました。
でも、やはり人手不足なのか、専門についてくれるというわけにもいかず、
週に何時間かえちともの授業中に、隣に座って世話をしてくれるようになりました。

ただ、3年生の担任がえちともと相性が合わないようで、
1学期の終わりくらいになると、授業を抜け出し廊下にいたりすることが多くなりました。
その担任は典型的な優等生製造機みたいな人で、
とにかく規則はきちんと守るとか授業をきちんと聞くとか、
まあ学校でいう当たり前のことをきちんとすることだけを指導する
という感じだったので、えちともが相性がいいわけありません。

どんどん息苦しくなったのだと思います。
でも、やることはやらないといけないという教えを必死で守ろうと
とにかく頑張っていたのだと思います。

ここで4月から配置された特別支援コーディネーターの先生が、
保健室を休憩の場に開放してくれることを、校長にお願いしてくれました。
この特別支援コーディネーターの先生は、
教育委員会でそういう関係の仕事をしたことがある方で、
本当にいろいろ頑張ってくれました。

とにかく、その頃の校長は自分の学校をよく見せたいという感じで、
それこそ優等生ばかりをよしとする感じの先生で、
えちとものような特殊な奴はほったらかしという感じでした。

そんな校長に働きかけてくれた特別支援コーディネーターの先生と
保健室をカーテンで仕切って、えちともの空間を確保してくれた保健の先生、
この2人のおかげで、3年生の生活は、だいぶ落ち着いたものになりました。

自閉症というのは、周りの変化についていけないし、
「皆さん」とかの漠然とした表現は、理解できないのです。
私は1対1でえちともと接しているので、あまり感じていませんでしたが、
3年生の担任が、みんなが優等生!!みたいな感じで、
「みんなは」という言葉を連発していたようで、
えちともはそのひとりだとは思っていなかったみたいです。

先生もどうして???って思っていただろうし、
えちともは、反抗しているつもりではないけど、
そう見えていたんだろうな・・・と思います。

そうなったとき、落ち着いて気持ちを開放する空間が必要なんです。
本当におかしいですが、回りを囲まれた人から遮断された空間。
そんな空間にいることで、落ち着きを取り戻していたようです。

なんか、思い出しながらいろいろ書いてますが、
学校との交渉、そして理解してもらうということが、
本当に大変だったのが3年生の頃だったような気がします。

気難しい校長と担任と、親の私との間に挟まれて、
特別支援コーディネーターの先生は本当に苦労したと思います。
でも、おかげでえちともは学校でも自分の居場所を確保し、
不登校にならなくてすむようになりました・・・。

今日は長くなったのでこの辺で終わりにします。

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タグ : 発達障害 自閉症

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